北穂高岳~涸沢岳



前穂高岳北尾根のⅥ峰~本峰(2005年9月18日撮影)

1日目


所在地高山市上宝村、長野県安曇村
上高地 アプローチ平湯もしくは沢渡からバス、タクシーで
登山口標高1583m
標   高3106m
標高差単純1523m 累積(+)1750m 累積(-)350m
沿面距離12Km
登山日2005年9月18日
天 候
同行者平岩、深雪、夏江
参考コースタイム
 山と高原地図(旺文社)
新村橋(1時間)横尾(1時間)本谷橋(2時間)涸沢小屋(3時間)北穂高岳分岐(10分)北穂高小屋(10分)北穂高分岐(2時間15分)穂高岳山荘
合計9時間35分
コースタイム 新村橋(37分)横尾<休憩20分>(48分)本谷橋<休憩12分>(1時間10分)涸沢小屋<休憩40分>(2時間30分)北穂高岳分岐(10分)北穂高小屋<休憩1時間17分>(1時間50分)穂高岳山荘
合計9時間34分<休憩2時間30分含む>


 神岡のお嬢さん達を剱岳に案内したお礼にと北穂~奥穂~前穂の山行きに招待された。穂高連峰は彼女たちにとっては庭のようなものだ。喜んで参加させてもらう事にする。
 神岡の道の駅「宇宙ドーム」で待ち合わせ、駐車場所に移動する。その後それぞれの待ち合わせ場所に寄って合流し、新穂高温泉に向かった。
 メンバーは昨年、偶然に黒部五郎小屋で会った平岩、深雪、夏江の3人である。


魔法使いに拉致されたが新村橋で解放される
 

左手の前穂北尾根が呼んでいる...
 
 今まで気づかなかったが彼女たちは魔女だった。訳が分からないうちに気がついたら上高地の新村橋だった。魔女の宅急便?
 6時43分、新村橋出発。退屈な林道歩きを慰めてくれたのが左手に見える前穂の北尾根である。7時20分、横尾到着。


横尾山荘に到着 小休止を入れる
 

横尾山荘前の橋を渡り涸沢へ
 
 朝が早いのか(我々が早いのだ)山荘前はまだ人が少ない。有料のトイレの箱に重い小銭を全部入れて荷を軽くする。百円には足りなかったかもしれない。
 リンゴやナシをいただいて水分とビタミンの補給をする。女性が同行していると果物が出るのがうれしい。20分の休憩をとり、7時40分、横尾山荘前を出発する。


屏風岩を左手に望みながら快適に歩く
 

本谷橋到着<8時30分>
 
 相変わらず山岳警備隊の平岩のペースが速い。と、ヘルメットを被った2人組のパーティーがいた。何処を登ったのかと聞くと屏風岩だと言う。下が3で上が7の10ピッチだったそうだ。登攀コースを教えてもらったがよく分からなかった。
 8時30分、本谷橋到着。ここで横尾谷の右岸に渡る。橋の下はいつも登山者の休憩でいっぱいだ。我々も10分の休憩をいれる。


本谷橋の廻りはいつも休憩の人で賑わっている
 

北穂の左手前に東陵のゴジラが見える
 
 ここから斜度も上がり登山道らしくなってくる。前方に北穂が見えてくる。その左手前に連なるのが東陵で、盛り上がっているのがゴジラなのだろう。
 大キレットに長谷川ピークも見える。お椀のようにえぐられた横尾本谷は涸沢と同じようにカール跡なのだろう。


コースタイムを確認する魔女達
 

涸沢ヒュッテ到着<9時50分>
 
 本谷橋からしばらく西進した後、屏風岩を巻くようにして南下する。その後南西に向きを変えると正面に白出のコルと穂高岳山荘が見えてくる。
 9時50分、涸沢ヒュッテに到着。速攻でビールを仕入れ、平岩と乾杯。魔女達が一口だけしか飲まなかったのは北穂南陵の急登を見たからか?


おでんをつまみに缶ビールが最高
 

カールの底にあるのに景観は素晴らしい
 
 涸沢カールの方でヘリコプターが旋回していた。事故があったらしい。後で分かったのだが前穂北尾根のⅢ峰で滑落した登山者が亡くなられたそうだ。
 小屋の裏に停まっていた小型のヘリコプターも飛び立っていった。
 10時30分、涸沢ヒュッテを後にして、北穂に向かう。北穂南陵の裾に建つ涸沢小屋はいつも静かだ。こちらの方が好きだという方も多いだろう。


前穂北尾根で遭難事故がありへりが2台飛ぶ
 

静けさを好む人はこちらの涸沢小屋がお勧め
 
 ガラ場のようなゴーロ帯のような登山道は意外に急登である。北穂南陵と東陵の間はカールだったらしい。モレーンだと思われる所で東陵を睨む。
 南陵の一般道は左方向だが、東陵から北穂を狙うとすれば右方向に向かわなければならない。その東陵はゴジラの右側にルンゼが3本走っている。どれも急なガレ場で上部は岩場になっている。支尾根のハイマツ帯の藪漕ぎもやりたくない。
 ガイドブックにはゴジラの頭からはザイルワークが必要と書かれていた。今朝、宍戸さんからも単独の東陵はやめた方がいいと言われている。次回の楽しみとする。


南陵へは長い鎖場の連続
 

常念岳をバックに深雪、平岩、夏江(南陵にて)
 
 左にコースを取り、南陵へのゴーロ帯を過ぎると岩場のトラバースになる。ここには長い鎖が張ってある。最後はハシゴを登って南陵の尾根に出た。
 右に吊り尾根、左に北尾根を従えた前穂が逆光でシルエットとなっている。このあたりから見るとⅢ峰、Ⅱ峰、本峰が一つになって見える。
 右に見える東陵のゴジラは徐々に高度を下げ(我々が上がったのだが)その全貌を見せ出す。それほど大したことはなさそうだ。行けば良かったか...


北穂南陵の鎖場を行く夏江
 

岩場で巧みにストックを使う深雪
 
 テン場を過ぎると北穂高岳と涸沢岳との分岐点に出る。昨年はここで間違えて涸沢岳へ向かうつもりが涸沢へ降ってしまった。
 標識が閉山間近で倒されていたこともあったが、涸沢と涸沢岳を勘違いした自分のミスである。その時の登り返しは肉体的よりも精神的に辛かった。


北穂東陵のゴジラ
 

北穂高小屋で特別参加のおばさまと
 
 この三叉路で右に折れ、北穂高岳小屋に向かう。少し降り、登り切ったところが北穂高岳である。小屋はすぐその裏にある。
 13時10分、北穂高小屋到着。こじんまりした雰囲気のいい小屋なのだが今日は人でいっぱいだった。表のベランダも満席で、どこかの街中にいるような感覚に襲われた。
 小屋のレストラン(食堂と言うよりはレストランと呼びたくなる)は誰もいなかったので靴を脱いで上がる。そして今日2回目の乾杯。


北穂高小屋のフロント
 

北穂高小屋レストラン
 
 フロントにはひっきりなしにお客さんが入ってきてチェック・インしている。ついには「今日は布団一つに3人で...」とアナウンスされ始めた。
 中を偵察に行って泊まりたそうな顔をしていた夏江も、諦めたようだ。たっぷり(1時間17分)休憩を取り、14時27分、小屋を後にした。


北穂高岳から涸沢岳へは大キレット並の岩場が
 

連続し、涸沢の登りは北穂の登りに匹敵する
 
 北穂高岳から涸沢岳の間はそれほど話題には上がらないが大キレットに匹敵するくらいの岩場が続く。ストックはリュックに括り付け、両手をフリーにして降る。
 いくつかのピークを登り、降る。ガスがかかっていて全体がよく分からないが、怖さを感じず、足下の岩稜だけに集中できるのがいい。


一般の登山道にはない楽しさがある
 

何でもないように見えるが落ちたら大変
 
 何組ものパーティーとすれ違ったが、皆、北穂高岳小屋に泊まるのだろう。布団一つに3人で、2段重ねにならないことを祈りながら見送った。
 岩場は腕の力を使うので意外に足に負担がかからない。膝をすこし痛めていた深雪も復活して快適に岩稜を行く。


いくつもの岩稜を越えていく
 

登山者とのすれ違いにも気をつかう
 
 最低コルから小ピークを一つ越えると涸沢岳の登りになる。ここは大キレットから北穂高岳の登りとよく似ている。
 クサリ場、ハシゴ場が連続し、注意力を維持しながら行く。左側の空間、ガスの中から人の声が聞こえた。絶壁を登り切るといきなり平らな場所に出る。そこから左に回り込んだところが涸沢岳だった。人の声はここからのものだった。


涸沢岳への最後の登り
 

涸沢岳頂上の池原、深雪、夏江、平岩
 
 涸沢岳からは、なだらかな登山道を下る。なだらかとは言え、右足を引きずり出した深雪が心配だ。もう少しなのでがんばれと思いながら降った。
 人の声と共に足下に色とりどりのテントが見えて来た。後で聞いた話では58張りだったそうだ。もちろん今年最高。
 小屋の前の石畳は人でいっぱいだった。人混みを避けるように小屋に逃げ込んだら、小屋の中も人でいっぱいだった。


穂高岳山荘の前は人でいっぱい
 

山荘の中も人でいっぱい
 
 16時17分、穂高岳山荘にチェック・イン。いつもの部屋はもう使われているとの事で一般の部屋に入る。この日の宿泊は600人を越えたようだ。
 部屋に入り再度、乾杯。彼女たちは食堂の手伝いに行く。食事にありつけたのは最後の6回線目だった。  9時消灯で、眠りにつく。他の部屋よりゆったり出来たのは魔女達のおかげだった。同室された他の4人の方達は幸運でした。


廊下も荷物でいっぱい
 

6回戦目でありついた夕食
 

2日目に続く